魅惑のくちびる
「あ。もしかしたら、オレんちに女の子あげるの、初めてかもしれない。」
「え? 本当ですか?」
「アハハ。本当だよ。こんなことに見栄張ったって仕方ないさ。
それにしても、記念すべき初訪問者が璃音ちゃんだなんて光栄だ。
少し散らかってるけど、許してな。……さぁ、行こうか」
わたしの気持ちをすべて読めているかのような、配慮。
それはいつでも、優しくわたしの中に流れ込んでくる。
どこまでも紳士な松原さんに、胸の痛みが激しくなっていくのがわかった。
エレベーターの上部からつるされているポプリが、小さな空間を心地よい香りで満たしている。
松原さんが慣れた手つきで12階のボタンを押すと、エレベーターが静かに動き出した。
ぐんぐん加速していくスピードと共に、わたしの胸のドキドキも少しずつ早くなって行く。
カーゴパンツに両手を突っ込んだまま天井をじっと見つめている松原さんの姿に、わたしの目が引きつけられたのは、単にいつもと違う格好だからという理由だけではない。
――その向こうにある、ほのかな想いをほんの少しだけ実感していた。