魅惑のくちびる
「今日はあんまり、部屋の隅々まで見ないでくれよ。
本当に散らかったままで迎えに出たからさ」
カウンターに並べてあったカンパリを適当にグラスに注ぎ、冷蔵庫から出したオレンジジュースを注いだものを2つ作ると、軽くステアしてコトンと静かにテーブルの上に置いた。
「――不謹慎ながら……彼氏と喧嘩したって知って、少し喜んでるオレがいるよ。
璃音ちゃんが悲しむ姿はオレもつらいけど、でもやっぱり彼氏って存在はオレの最大のライバルなんだよね。」
そういって、松原さんはグラスに目を落とした。
静かに開くその口元から出る言葉には、いつも嘘はない。
だからこそ心は少しずつ開放されていったんだ。
「ただ、オレにとっては喜ぶべき出来事でも、璃音ちゃんにとっては悲しい出来事だよね。
だからこそ、オレはどうしたらいいか悩んでる――
本当ならば、彼氏と何があったのか愚痴をはき出させてあげたり、黙って話を聞くのに徹したりするべきなんだろうけど。」
泣きすぎてのどが渇いていたわたしは、グラスに口を付けた。
カンパリの苦みがほんのりと舌の上に乗って、一気に酔ってしまいそうだ。