魅惑のくちびる
「アハハ。松原さん、白ひげ。」
わたしの言葉に、松原さんはやけになってより一層ガシガシ磨いていた。
「わたし、今日は会社休みます。着替えがないのもそうだけど、なんだか泣き疲れて頭が痛くて。」
半分ホント、半分嘘。
頭は確かに少しまだズキズキするし、目も腫れぼったいけど、会社で雅城の顔を見かけるのが辛いっていうのも理由のひとつだ。
「そうだな。オレもさすがに今日は、璃音ちゃんに仕事頼みづらいし助かるよ。」
そのまま、キッチンのシンクで口をすすぐと、松原さんはベランダを指さした。
「もうすっかり雨は上がってるみたい。
ほら、外を見てごらん?
ベランダの柵についてる水滴が朝日で反射して、ものすごくきれい。」
4月も終わろうとしている今頃の日差しは、そろそろ夏に向かって準備運動をしているかのようだ。
――今日は少し気温が上がるかもしれない。
朝の力強い光を浴びた水滴が、宝石のようにキラキラと輝いていた。