魅惑のくちびる
歩道のあちらこちらに水たまりが出来ているのをよけるように、道筋を選ぶ足取りはとても軽やかだ。
久々の、朝帰り。
雅城と一緒に暮らすようになってからは、朝帰りはおろか、夜だって一刻も早く帰ることばかりを考えていた。
何も考えずに行動するのは本当に久しぶりなことに気付く。
カゴから出て自由を得た鳥のように、わたしは思い切り大きく羽を広げた。
家に向かうバスは、ほとんどお客さんが乗っていなかった。
平日のこんな時間にこのバスに乗るのは不思議な気持ち。
子供の頃、学校を休んだ時みたいな感覚だ。
夕べの雨で、すっかり桜は散ってしまっていた。
――わたしの中にぶら下がっていた気持ちも、激しい雨で散ってしまったのかな。
あ…いたた……。
色々難しいことを考えると頭が痛み出す。
今は、何も思い浮かべないことにしよう。