魅惑のくちびる
新入社員のわたしは、2つ先輩の雅城のグループで一緒に仕事をしていた。
今は異動したけれど、当時は雅城もわたしと同じ販売物流課に所属していて、いろいろと仕事を教えて貰っていた。
その日は会議と共に、どうしても次の日に提出しなければならない書類作成に追われて、必死に仕事をこなしていた。
なんとか終わったのは、21時を過ぎた頃。
社内には人もまばらで、わたしたちの課も4人ほどしか残っていなかった。
そのうちの2人は、帰り道が同じだからと先に会社を出て行った。
物騒な夜道、しかもこないだ近くでひったくりがあったばかりだったので、きっとわたしの顔がひきつっていたのだろう。
雅城はにっこりと笑って、
「あ。大塚さんはオレが送ってくから、心配しなくていいよ」
と、ポケットから車のキーを出して見せた。
「オレ、車通勤なんだ。大塚さんが良かったらだけど、家の前まで送って行けるよ。
て言うかさ、腹減らない?遅くなったついでに、飯でも食ってく?」
雅城のお誘いに答えるように、わたしのおなかがぐうーと鳴ったことは、今でも時々笑われている。