魅惑のくちびる
ドアを開け部屋へ向かうと、雅城が脱ぎ捨てたままのスウェットが、ソファに乱暴に置かれてある。
いつもなら、手に取ってたたんでいるけど、今日は怖いくらいに、そうしようと思う気持ちがわき上がってこなかった。
クローゼットから、何枚か適当に洋服を取り出し、身の回りのものと一緒に、入るだけボストンバッグに詰め込むと、家を後にした。
鍵を閉めると、揺れる音符のキーホルダー。
しばらくそれを外す気にはなれないって思うのは、どこかにまだ雅城への未練があるからでしょうと、誰かに言われるのが辛い。
音符をぐっと握りしめると、ジャケットのポケットのなるべく奥の方へとしまい込んだ。
数ヶ月ぶりに、実家のインターフォンを押すと、お母さんがびっくりした顔で出てきた。
「どうしたの?仕事は?」
手元にあるボストンバッグに気付いたのか、急に顔が曇ったのがわかった。