魅惑のくちびる

クッキーは余計な添加物を使用していないシンプルな味わいで、サクサクした歯触りを楽しみ始めるとすぐに、口の中いっぱいにバターの香りが広がる。

自分でも何度か作ってみたけれどさすがに真似できず、時々買ってきてはお茶のお供にしていた。

実家を出てからはほとんど口にできなくなった、懐かしい味。

マルシェの前を通ったら、買わずにいられなかったんだ。

「璃音がいなくなってから、誰も買ってこないもんだから、お母さんも久しぶりだわ。」

そう言って明るい笑顔に変わり、階段を下りて行く足音は、嬉しそうにリズムを刻んでいた。

……本当に女性って生き物は、いくつになってもお菓子に目がないんだ。




コーヒーの香りが鼻の奥に入り込むとそれだけで心が落ち着く。

今日は定番のバタークッキーと、アイスボックスクッキーをチョイス。

サクっという音をさせて、相変わらずいつものおいしさが広がった。

「北野さん、変わりないの?」

さすがにやっぱり気になるのか、雅城の様子を何気なく尋ねてきた。

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