魅惑のくちびる

食後のコーヒーは、保温時間が長かったのか少し煮えてておいしくなかったけど、ここの定食屋さんはいつもこんな感じだから、文句も言わずに由真は一気にカップを持ち上げて流し込んだ。


「それはそうと。

松原さんと身体は合いそう?」


興味いっぱいのまなざしで、にやにやしながら由真が言うと、隣のお姉さんが冷ややかな目でまたこちらをちらっと見た。

「ちょ……こんなとこでもう、やめてよ!」

――時々デリカシーのない由真は、そこが唯一欠点だとわたしは密かに思っている。




少し早めに課に戻ると、松原さんはパソコンでフリーセルをやっていた。

気付かれないようにそっと自分のデスクに向かったのに、いすに座ろうとしたタイミングで松原さんは「お帰り」と声をかけてきた。

「今日さ、レイトショー見に行かない? CMでやってる、例のアクション映画。

飯はさ、ちょっと食べてみたい店があるからそこでどうかな」

そぉっと課内を見渡すと、椅子の背もたれに思い切り寄りかかってお昼寝中の大北課長に、携帯とにらめっこ中の人が2人ほどいるだけ。

松原さんと会話していることを誰にも気付かれていないのを確認すると、少し落ち着いた。

……こんな状況になってもわたしはまだ、松原さんとのうわさを気にしているんだ。

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