魅惑のくちびる

夕食をたらふく食べてお腹もいっぱいになったわたしたちは、シネコンに向かうタクシーに乗っていた。


「デザートは、本当に至福の時でした!」

「うん。アーモンドのブランマンジェも良かったけど、オレはアップルパイが気に入ったな。

あの控えめな甘みと香り良いシナモンがたまらないよ。」


食事したお店は、パティシエであるオーナーさんが先月開いたばかりの、小さなフレンチレストランだった。

店内はせいぜい4組が限界な卓席とカウンターが5席ほどあるだけ。

カウンターの隅に、小さく黒板メニューが掲げられていて、ワインの木箱に入れてあるフルーツが店内にわずかな色を添えている。

シェフはオーナーさんの古い友人で、開店の誘いに快く応じて、オープンに至ったと教えてくれた。

松原さんはそういう話を聞き出すのがとても上手で、まるで以前からの知り合いかのようにすぐに親しげに会話を楽しむ姿に、時間の流れも忘れてこちらまで楽しむ。

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