魅惑のくちびる
「やっぱいいもんだな。名前で呼ばれるとうれしさ倍増だ。
オレもこれからは璃音って呼ぶようにするよ。」
柔らかな笑顔を向けるとすぐ、思い出したようにあわてて腕時計を確認した。
「映画、21:20からだった。早く行かないと。少し走ろう!」
口からは急かす言葉が出ていても、ちゃんとわたしのペースに合わせて待っていてくれる。
瞬の優しさは、雅城から感じていた優しさとはまた違う別なものだ。
どちらがいいのかなんて比べるものではないような気がしたけれど、瞬といるとただただ、穏やかな気持ちでいられる気がした。
でも、こんなにも穏やかで幸せな気持ちに包まれているのに、まだ雅城の存在が頭の中に出てくるわたしには、本当にため息をつきたい心境になる。
――これからは、瞬のことだけを考えられるようにならなくちゃいけないんだ。
心の中で強く言い聞かせると、入り口に向かって勢いをつけて一気に走り出した。