魅惑のくちびる
夏のシーズンでも、地元の人間しか足を運ばないような、狭い道を通り抜けた先にある、小さなビーチ。
まさか海が広がっているとも想像できないような、細い路地を抜けた先には、目を疑うような素晴らしい景色が広がっていた。
誰もこないから、ゴミも落ちていない綺麗な砂浜。
防風林と、青い海、広がる空。
広大で、物静かな雰囲気はいっぺんに気に入り、わたしの目を輝かせた。
水族館へ行った帰り道の途中の、このひなびた漁村のこんな穴場を知っているなんて、自分でも言っていた通り、瞬は相当出かけるのが好きなんだろうと確信した。
「冷たい?オレは気持ちいいよ。」
そりゃぁ、瞬みたいに代謝がよくて身体がいつもポカポカしてる人ならそうだろうけどさ。
わたしにはあまりにも冷たすぎて、とうとう耐えきれなくなると、水際から遠ざかって避難した。
「璃音、もうギブ?」
楽しそうな笑顔を浮かべ、波と戯れるのをやめるとこちらへと向かってきた。
「もう足がちぎれそうだもん」
日差しが出ていればまだ多少違うのに。
わたしは、グレーのパーカーの襟元をぐいっと引き上げると、首のあたりに生地をたるませて体温をとどまらせようと必死だった。