魅惑のくちびる
「海水浴も好きだけど、もう少し暖かくなってから来ようね!」
普段きりっとした瞬に眉を下げて謝られると、まるでこっちが悪いことをしてしまったかのような錯覚に陥る。
わたしが気遣っていることに気がついたのか、瞬は笑顔を浮かべるとアクセルを全開にした。
「璃音を風邪でもひかせたら大変だ。
急いで帰ろう。」
道の脇にあるバス停にある、木が黒ずんだ古びた長椅子に、おばあちゃんが二人腰掛けている。
膝の上で昼寝している猫の背中をゆっくりとなでながら、楽しそうに談笑しているのが見えた。
時間が止まっているかのようなこの漁村を、黒いスポーツカーがスピードをあげて走り抜けてゆくのは少し似合わないと思ったけど、瞬の小さな心遣いを感じ取ると思わず笑みが漏れた。