魅惑のくちびる
「男ってさ。
いつだって周りと戦ってしまうんだよな。
つまんない意地だってわかってても、止まらない時もある。」
日も落ち、夜になろうとしている薄暗い部屋で、明かりもつけないまま、ただ瞬のふかすタバコの煙だけがぼんやりと見えている。
瞬がくわえタバコで窓を開けると、心地よい風がベッドまで届いた。
暗闇に浮かぶシルエットは少し悲しそうに見えた気がした。
「璃音も知ってる通り、オレの同期は北野だ。
他にも何人かいるけど、北野は一番オレにとって近い存在だよ。」
北野、という名前に……胸のあたりが動いたかと思うほど、大きく心臓が高鳴った。
瞬の口から雅城の名前が出てくるのはわかっていたのに、実際耳にすると、やけに緊張してしまうんだ。
「電気、つけようか」
瞬がタバコを消しながら言ったけれど、わたしは大きく首を横に振った。
「ううん……このままがいい」
「そっか。じゃぁ、フロアライトだけにしておこう」
部屋の隅にある、シンプルなライトの明かりを灯すと、グラスにウーロン茶をなみなみとついでのどを鳴らしながら飲み干していた。
瞬がこれから雅城の話をすることは簡単に想像できたわたしは、顔を見られたくないととっさに思った。
……やわらかな明かりだったら、なんとか顔の表情をごまかすことが出来る。