魅惑のくちびる

「男ってさ。

いつだって周りと戦ってしまうんだよな。

つまんない意地だってわかってても、止まらない時もある。」


日も落ち、夜になろうとしている薄暗い部屋で、明かりもつけないまま、ただ瞬のふかすタバコの煙だけがぼんやりと見えている。

瞬がくわえタバコで窓を開けると、心地よい風がベッドまで届いた。

暗闇に浮かぶシルエットは少し悲しそうに見えた気がした。


「璃音も知ってる通り、オレの同期は北野だ。

他にも何人かいるけど、北野は一番オレにとって近い存在だよ。」


北野、という名前に……胸のあたりが動いたかと思うほど、大きく心臓が高鳴った。

瞬の口から雅城の名前が出てくるのはわかっていたのに、実際耳にすると、やけに緊張してしまうんだ。


「電気、つけようか」

瞬がタバコを消しながら言ったけれど、わたしは大きく首を横に振った。

「ううん……このままがいい」

「そっか。じゃぁ、フロアライトだけにしておこう」


部屋の隅にある、シンプルなライトの明かりを灯すと、グラスにウーロン茶をなみなみとついでのどを鳴らしながら飲み干していた。

瞬がこれから雅城の話をすることは簡単に想像できたわたしは、顔を見られたくないととっさに思った。

……やわらかな明かりだったら、なんとか顔の表情をごまかすことが出来る。

< 171 / 240 >

この作品をシェア

pagetop