魅惑のくちびる
「自分の中でひっそりと育てていた大切な気持ちだったのに、北野が気付いていたことに本当にびっくりしたよ。
確かに、どこかわかりやすい行動が出ていたのかもしれない。
でも、別な意味で北野がそれに気付く要素を持っているってことに、オレはすぐにはわからなかったんだ。」
わたしは気持ちが落ち着かなくなって、立ち上がってキッチンへと向かった。
ラックから、アールグレイの缶を取り出す。
力を込めてふたを開けようとした時に、手を滑らせてしまった。
静まりかえった部屋に、耳触りな落下音が響き渡ると、瞬はこちらを見てくすっと笑った。
「ごめん……。ちゃんと聞いてるから続けて」
幸いにも、葉っぱがこぼれていないことを確認すると、わたしは再び紅茶を入れる作業へと取りかかった。
「神様は、こんなかわいい子には、なかなかいいタイミングで会わせてくれないんだ。
あの頃、璃音がいてくれたらなぁ。
そしたら、北野へのコンプレックスを抱かずに済んだかもしれないけど。」
シュンシュンとやかんが音を立てて沸騰している。
火を止めてお湯をサーバーに一気に注ぎ、じわじわと開く葉っぱから広がって来る、香り高い湯気を吸い込むと、少しだけ心が落ち着いた。