魅惑のくちびる
空き缶を水道水ですすいでダストボックスへと放り込んだ。
たかだか2週間家を空けたくらいでは、こんな作業も身体が覚えていて、意識なく勝手に手が動く。
手を拭きながら雅城に視線を向けると少し困ったような顔をして唇をかみしめていた。
「……あの時、本当のことを言ってくれていたら、わたしたちこんな風にはならなかったかもしれないよ――」
ほんの少しのボタンの掛け違い。
わずか一段、階段を踏み外しただけなのに、物事はまるで別の方向へと進んでゆく。
「本当にその通りだな……大事なものは無くなってから気付くんだ。
オレのしたことは、松原に璃音を渡してやったようなものだって、今頃ようやく気付いたよ。」
「ううん、それだけじゃないわ。
雅城がね、わたしのことをいつも心配してくれるの、本当に嬉しかったの。
でも、あまりにも心配されすぎると、逆に信用されていないんじゃないかって……すごく悲しかったよ。」