魅惑のくちびる
今日は帰り道の足取りも、いつもよりも心なしか重い。
だって、雅城の耳にもう噂が入っているとしたら――
質問攻めの嵐が吹き荒れるに決まってるもの。
バス通りから、マンションまでは徒歩5分。
通り道は桜並木になっていて、この季節はとても綺麗な光景が広がる。
去年引っ越す時、この通りに桜があると知ってからというもの、春が来るのを今か今かと心待ちにしていた。
あぁ、やっぱり素敵。
この道沿いの桜はもう、早くも散りかけているけれど、ピンクの花吹雪が見られるのもまた風情だ。
見上げた桜の木から、ひとひら花びらが舞い降りてきた。
それは見事、わたしのくちびるの上にぴったりと着地する。
――グロスのせいだ。桜を呼び寄せちゃうなんてすごい。
くちびるに張り付いた小さなピンクのかけらを、静かに剥がす。
頭の中で、桜……お花見……グロス……連想しながら、大事なことを思い出した。
そうだった。
わたしは今から詰問されるんだった……。