魅惑のくちびる
「北野には、本当に叶わないよな。」
小さくため息をつきながら瞬は苦笑いをした。
「ううん……すべては、わたしがずるいからよ。
本当に瞬には酷いことをしてしまって……いくら反省しても、し足りないよ」
どこへも行く宛もなく、いつものように海岸沿いを走らせていた。
朝、軽く水洗いをして来たという車のボンネットは、強い日差しを浴び、黒光りしてまぶしい。
さっきコンビニで買った缶コーヒーも手つかずのままで、ドリンクホルダーの中でうっすらと汗を掻いている。
わたしは気持ちの行く先が見つからなくて、スカートの裾をいじっていた。
「いや、璃音は悪くないんだよ。
彼氏が誰かってのを知らなかっただけで、彼氏との状況については承諾済みでのつきあいだったんだからね。
ただ、今相手が誰なのかを知って、衝撃を受け止めるのに必死なだけ。
そいつが北野だったって事実は、確かに悔しいけど……でも、たとえ一瞬でもオレを選んでくれてたのは間違いないわけでさ。
わずかでも北野に勝てたってことに関しては、少し嬉しいよ。」
わたしの負担を減らそうと、わざと笑ってくれているのがわかるから、余計に辛い。