魅惑のくちびる

カギを開けて中に入ると、雅城はもう着替えてテレビを見ていた。

「おかえり」

顔はテレビの方を向いたまま。

あたしは、いつもと変わらない素振りで部屋に入っていった。


玄関から短い廊下を挟んで、8畳の洋間。

ここであたしたちは家での時間の大半を過ごす。

壁に沿って配置してある37型の大きな液晶テレビは、雅城がどうしても買うと言って譲らず、冬のボーナスで買ったばかり。

白いソファにゆったりと座って、毎日そのテレビを見るのが雅城の日課だ。


今日も、クイズ番組を見ながら笑ってる。

その姿を見て、もう一人のわたしが心の中で語りかけた。


――もしかして、雅城の耳には入っていないかもしれないじゃない。

だって、悩みなんかなさそうに、あんなに楽しそうに笑っているんだもの。


そうだ。可能性は十分ある。

自分を納得させるように言い聞かせると、濃紺のジャケットを脱ぎ、部屋着に着替えた。


「ご飯。すぐするね。」

手を洗いながら、食事の支度の段取りを考えていた。

< 22 / 240 >

この作品をシェア

pagetop