魅惑のくちびる
カギを開けて中に入ると、雅城はもう着替えてテレビを見ていた。
「おかえり」
顔はテレビの方を向いたまま。
あたしは、いつもと変わらない素振りで部屋に入っていった。
玄関から短い廊下を挟んで、8畳の洋間。
ここであたしたちは家での時間の大半を過ごす。
壁に沿って配置してある37型の大きな液晶テレビは、雅城がどうしても買うと言って譲らず、冬のボーナスで買ったばかり。
白いソファにゆったりと座って、毎日そのテレビを見るのが雅城の日課だ。
今日も、クイズ番組を見ながら笑ってる。
その姿を見て、もう一人のわたしが心の中で語りかけた。
――もしかして、雅城の耳には入っていないかもしれないじゃない。
だって、悩みなんかなさそうに、あんなに楽しそうに笑っているんだもの。
そうだ。可能性は十分ある。
自分を納得させるように言い聞かせると、濃紺のジャケットを脱ぎ、部屋着に着替えた。
「ご飯。すぐするね。」
手を洗いながら、食事の支度の段取りを考えていた。