魅惑のくちびる

「けど、松原さん……ちょっとかわいそうだね」

目線をファイルに向けたまま、小声で由真が言った。

「……それを言われると、胸が痛い……。」

「仕方ないよ。璃音は気にしなくていいとは思うけど。

あたしが言うかわいそうってそういう意味じゃなくてさ、なんだかいつもタイミングが合ってないみたいだなぁと思ってさ。

あれだけかっこよくても、人生の中でうまく行かないことって存在するんだなぁ」

「……」

由真はわたしのことじゃないと、かばってくれたものの……少なくとも、そのタイミングのうちの一つにわたしの存在も入るわけで。

わたしは、なんと答えたらいいのか、わからなかった。




元々、整理する目的じゃなかったわたしは、すぐに仕事も無くなり、由真に別れを告げると自分のデスクへと戻った。

「おっ、戻ってきた。早速で悪いけど、これ頼んでいいかな?」

大北課長がなにやら大きな販促キットを手にしていた。

「新作の店頭用POPの試作品らしいんだが。

組み立てて、完成したところを見て、チェックして夕方までにFAXを送らないといけないんだ。」

「わかりました。すぐにします。」

わたしは大きなビニールに入ったそれを受け取ると、デスク後ろの作業スペースと化した会議用テーブルへと向かった。

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