魅惑のくちびる
「んー? 飯は、後でいいよ。それより、ちょっと座って。」
わっ、やっぱり来た。
座れと命令されただけなのに、ドキン!という胸の高鳴りがしたのは、小さな頃にお母さんに叱られる時のような緊張感が、全身を駆けめぐったからだ。
あのこと、やっぱりもう知ってるんだ。
お小言にちょっと我慢するだけで済むってば。
あたしを思ってのことなんだから――。
心の中のわたしが何度もなだめてくれている。
えいっ、と覚悟を決めると、雅城の隣に座った。
「なんか今日、あまりよろしくない噂聞いたんだけど、どうなの?」
雅城がリモコンをテレビに向けると、それまで笑いに包まれていた部屋が嘘のように静かになった。
「噂って……。わたしだって、何がなんだかって感じで、困ってるんだよ?」
雅城の目は、至って真剣だ。
「そもそも、キスしたい人ってアンケート、なんなんだよ! 誰だ、そんなの発案したやつ。」
広瀬くん、だなんて言えない。
明日から広瀬くんは、今以上に肩身が狭くなっちゃうのはかわいそうだもの。