魅惑のくちびる
「あいつ、きっと19時までには終わらないよな。暇つぶしに、コーヒーでも飲みに行く?」
松原さんはベージュのスプリングコートを羽織って、既に帰り支度をしていた。
腕時計を見た。何度見ても、18時半にすら遠い。
会社にいましょうと提案するのも不自然で、これ以上、この部屋にいてもすることがないと悟ったわたしは、半ば諦めぎみに
「はい……」
と小さく返事をした。
頭の中は、もちろん雅城の心配そうな顔でいっぱいだ。
わたしは、不安で押しつぶされそうになっていたけど、松原さんはニコニコして楽しそうにポーターのバッグを抱えた。
会社のとなりのビルの1階にあるカフェは、こうして暇つぶしによく利用する。
わたしはラテを、松原さんはエスプレッソをオーダーすると、テラス席へと移動した。
「春はいいね。こうやって外で飲めるこの季節は、毎日のようにココに来ちゃうよ。
ホントはもっと雰囲気がいいところもあるんだろうけどさ、ココは何より会社の隣ってのがいい。」
長い足を組む姿は、いやでも目が行ってしまう。
雅城にはない、大人の色気を感じる。
もっとも、わたしにはちょっと刺激が強すぎるけど。