魅惑のくちびる

「あの……松原さんが彼女いらっしゃらないのって、もしかして作らない主義とかですか?」


こんな質問、取りようによっては立候補してるみたいかも。

――どうもわたしは、言ってしまってから気付くことが多すぎる。


「主義じゃないんだけどね。

好きな人になかなかアプローチができない、シャイなやつなんだよ。」


松原さんは、エスプレッソの香りを楽しむように目をつぶった。

良かった、下手に勘違いされたらこじれるところだった――。


「近くにいるのに、想いって伝わらなくてさ。」


わたしも、雅城に片思いをしている頃は毎日せつなかった。

こんなに近くで仕事してるのに、わたしの胸の内が見えないことがもどかしかった。

松原さんも、そんな気持ちなのかもね。


「それ知ったら、多くの松原さんファンが悲しみますね。

わたし、内緒にしておきます、松原さんに想う人がいるってこと。」


松原さんは目だけ動かすと、よろしくねってにっこり笑った。

< 38 / 240 >

この作品をシェア

pagetop