魅惑のくちびる
黙ってどんどん先を行く二人の背中をわたしはじっと見つめていた。

松原さんは後ろからちょこちょことついてくるわたしの様子を気にしてくれていたけど、雅城は一度も振り向いてくれなかった。


「おい、璃音ちゃんヒール履いてるんだから、もう少しゆっくり歩いてやれよ」

松原さんの気遣いも、雅城は適当にあしらった。

「あぁ? オレそんなに早く歩いてないけど。」

あれはもう心配を通り越して、完全に機嫌を損ねてる。

こんなところじゃキスで雅城の気をそらすにも行かないし、松原さんの手前、あからさまにご機嫌を取るわけにも行かなくて。

わたしまで、どんよりした気分になっていった。




会社から10分も歩かない場所にある、小さな雑居ビルのB1に最近オープンした、ダイニングバーへと向かう。

ジャズが流れる店内には、まだそれほどお客さんも多くはなかった。

二人の間に流れる不協和音に気付かず、松原さんはわたしと雅城を向かい合わせに座らせた。

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