魅惑のくちびる
7:冷たいベッド

バーを出て雅城がまっすぐ帰宅したとすれば、もう帰り着いているはず。

乗車客もまばらなバスに揺られながら、わたしはこの先のことを考えていた。


窓に映る顔が目に入る。

それは、誰が見ても悲しんでいるとわかるほどに虚ろだった。


いつものバス停で降りた。

カーブを曲がれば見える家の窓からは、部屋の電気はついていないことが確認できた。

いつもなら寂しく思うその光景も、今日は少しだけ気分が楽になる。

――そう思うことが寂しい。


ドアに挿したままのカギからぶら下がる、「♪」の形の小さなキーホルダー。

名前に「音」という字が入っているから、小さい頃からよく、持ち物には「♪」のマークを目印に付けていた。

そんなエピソードを話した時に、雅城がたまたま立ち寄った客先のレジ横で見つけ、買ってきてくれたもの。


いつもわたしを思い、わたしだけを愛してくれる雅城。

雅城だけを思って欲しくて、雅城だけを愛して欲しいんだよね。


知ってるよ。だからわたしはいつだってそうして来たんじゃない。


今、雅城が思う心配は一体何?

そんなにわたしのことを信じられないのかな……。


室外灯の少し暗い光を浴びながらゆらゆら揺れる、わたしの目印。

……まるで、わたしの心みたい。

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