魅惑のくちびる
「あの時、松原さんに本当のことを言って引き留めてくれるって、わたしどこかで思ってた。」
だって、これもそれもすべて、雅城がわたしとの関係を黙ったままでいようとするから。
言ってくれれば全部、丸く収まること――
でも、雅城の顔は更に険しくなった。
「引き留めたところで、あいつの璃音に対する想いがどうにかなるのか?
何も変わらないさ。むしろ……」
まだ何か言いたげだった雅城は口をつぐむと、急にソファの背もたれ側に身体を翻した。
「今はこれ以上話したくない。
今日はオレ、ここで寝るから璃音がベッドを使えばいい。……おやすみ」
黙ったまま、わたしはその場に立ちつくした。
すべきことが、わからない。かけるべき言葉が、見つからないんだ。
「ごめん。明日早いんだ。悪いけど電気消してくれるかな」
なかなか部屋を出ないわたしに、催促しているのだとわかる。
背もたれに埋もれた顔から発する冷たい声に悲しくなり、静かに電気を消した。