魅惑のくちびる
「おはよう。夕べはよく眠れた?」
松原さんは出社してすぐに、わたしの姿を見つけて声をかけてくれた。
「おはようございます。はい、ぐっすりでしたよ。」
意識して顔の筋肉を持ち上げ、精一杯微笑んだ。
「そっか、ならよかった。」
笑顔を返してくれた松原さんの顔は、どことなくぎこちない感じがしたけど、それ以上何も言わずに自分のデスクへと戻っていった。
あれから雅城と顔も合わせていないし、もちろん口もきいていない。
これから先、仲直りするすべも今のところ見つかっていない。
悲しいという気持ちと共に、少しずつ自分の自信をも失いかけていた。
雅城の彼女でいるという、自信を――。
「璃音さん、おはようございます。なんか元気ないっすね?」
広瀬くんは、家から持ってきたお花を花瓶に入れ、飾るところだった。
元はと言えば――この子のアンケートから始まったことだ。
わたしはふと、頭の中にいやな思いを一瞬描きそうになって慌ててかき消した。
ダメだよ、広瀬くんは悪くない、大人げない雅城が悪いんだ……。