魅惑のくちびる
ブルーベリーティのパックを開けてお湯を注ごうとしていたら、給湯室に松原さんが現れた。
「おっ。オレら、ここで会う確率高いよな。」
口元だけで笑いを作ると、ポケットからタバコの箱を取りだした。
「ねぇ、これはまじめに聞いて欲しいんだけど」
換気扇のスイッチを入れながら、いつになく真剣な表情だ。
わたしのティーパックの持ち手を掴み、もてあそびながら続けた。
「明後日の土曜日。オレとデートしてくれない?
昼間だったら、酔いつぶれる心配も、襲われる心配もないだろう?
あぁ、もちろん北野はもう誘わないからさ。」
普通の女子社員なら、飛んで喜ぶお誘いだ。
でもわたしは、どうしたらいいかわからず、頭に雅城の顔を思い浮かべていた。
「車買ったんだ。ローンまみれの生活にはなったけど、かっこいい車でさ。
璃音ちゃんを一番に助手席に乗せたいなぁって思ってね。」
雅城のことを思ってこういうお誘いを断っても、雅城にはその行動に込めた想いが、伝わっていない。
それどころか、わたしが責められて嫌な気分になってる……
「――はい。空けておきます」
気付けば、口を開いてそう答えているわたしがいた。