魅惑のくちびる
8:居心地良いサイドシート
土砂降りの雨で、ベランダが水浸しになっているのを見ながら、カーテンを閉めた。
明日は晴れるんだろうかという心配とは別に、なんとも言えない気まずい気持ちを抱えている。
今まではなんと言われようと、堂々と断っていることを盾にできていた。
でも明日……とうとうわたしは、雅城を裏切ることになる。
幸いにして、雅城は明日は休日出勤をするらしい。
それでなくても、朝は黙って家を出るつもりだったけど、少しでも自分が後ろめたい気持ちにならない方がいい。
あれ以来雅城はずっと、ソファで眠っている。
何も喋らないくせに毎日ここに帰ってくるのは、単純に、他に帰る場所がないからではないのだとわかっていた。
意地っ張りな雅城は、仲直りが切り出せないままなんだ。
いつもならそんな雅城をはからって、わたしから仲直りのロープを投げ渡すんだけど、今回だけはどうしてもそれができずにいた。
雅城は待っているんだ。
でも、わたしは何一つ悪くないうえに、下品だとまでののしられたんだもの――。