魅惑のくちびる

カーオーディオに繋いだiPodを操作している松原さんの私服姿をまじまじと見つめる。

そう言えば、スーツ以外の松原さんは初めて見たんだった。


黒いウエスタンシャツにVネック、トゥルーレリジョンのシンプルな組合わせ。

アクセサリーなど着けなくても、松原さんなら華やかに見えるから不思議だ。


「本当はさ、ガラにもなくチューリップの咲き誇ってる公園に連れて行こうと思っていたんだけど。

……この雨じゃさすがに無理だなぁ。どこか、行きたいところはある?」


急に振られて、すぐに言えと言う方が無理だ。

わたしはない頭を一生懸命絞り出し、ようやく一つだけ出てきたのが……。


「水族館。……なんて、子供っぽいですか」


窓に垂れる雨を見ていたら、頭に浮かんで来たのが水族館だったんだ。

「ううん。全然。オレもそう思っていたところだよ。」

小さな気遣いをさりげなくしてくれる松原さんは、やっぱりとても素敵な人だと思った。


そんな人からの告白を断っているわたしは……なんて贅沢者だろうか。

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