魅惑のくちびる
9:叶わぬ恋
「なんか、心が洗われた感じだよ。たまにはいいものだね。」
水族館を後にしたわたしたちは、海沿いの道を少し走らせたところにある品の良い小さなレストランで、少し遅いランチを摂っていた。
あの日以来の、松原さんとの食事。
今日は舌が喜んでいるかのように、食べるもの全てがおいしく感じていた。
……だって、こないだは全く味がしなかったんだもの。
「ごめんな、こないだのことは本当に反省しているんだ」
白いテーブルクロスの上に並ぶお皿の、鮮やかな彩りが食欲をそそる。
とろけるほど煮込まれた牛肉を口へ運ぶと、予想通り一瞬にしてほろほろと崩れた。
デミグラスソースのベールから顔を出した、味わい深い肉汁が口いっぱいに流れ出る。
おいしいものを味わって、心も幸せで満たされていたわたしは、静かに微笑んだ。