魅惑のくちびる
「いえ……本当にずるいのは、わたしなんです」
膝の上のバッグを強く握りしめ過ぎて、手のひらに爪の跡が食い込んでいる。
信号待ちの一瞬の隙、松原さんはそっとわたしの手を掴んだ。
「それって、オレがあまり聞きたくない話かな」
困ったような松原さんの顔。
そんな表情を見たら、わたしの心が揺らいでしまうのが解る。
「そう言われると、言いづらくなっちゃいます……」
「……だよな、ごめん。
わかった、少しどっか止めようか?」
こくん、と静かに頷くと、松原さんは首を小さく縦に振った。
車内には、飛び交うBGMの音符たちだけで、松原さんも、わたしも無言のままだった。
海の景色に、BGMの切ない歌詞のJ-POPが妙に似合って、胸が痛くなった。