魅惑のくちびる
「わたし……本当は、彼氏がいるんです。
数回お誘い頂いているうちに、わたしがはっきりとお伝えすれば良かったんです。
本当に……ごめんなさい。」
もちろん、それが雅城だって言うことは言えなかった。
松原さんが、静かにため息をついたのが耳に入ったけど、恐くて顔を見ることができなかった。
「なんとなく、そんな気はしていたんだけどさ。
でも、前にも言ったように、ごまかされているうちは望みがあるかもって、勝手にいいように考えてたよ。」
「ただ……。わたし、今彼氏とケンカしてるんです。
お誘いに応じたのは、決して紛らわすつもりとかじゃなかったんですけど……結果的にはそうなのかなって思いました。
だから、わたし、ずるいなって。本当にごめんなさい」
ボー、という船の汽笛と共に、胸のつかえがすぅっと降りた気がした。