魅惑のくちびる
家に入ると、雅城は洗面所で手を洗っているところだった。
「ただいま」
後ろ姿に小さく声を掛けてみるけど、反応は無かった。
わたしはそのままキッチンへ向かうと、コップに水を汲んで口をゆすいだ。
水道水特有の臭みが、今日はいつもより強く感じた。
何もかもが、わたしを責めている気さえしてくる――。
「出かけたのか?」
いつもならそれから始まる、詮索タイム。
でも今日は、何も言わないままネクタイを外してソファに座ると、ワイシャツを着たままでテレビを見ていた。
言われてると、信用がないなぁと滅入るお小言も、無くなると急に寂しいのは人間のわがままなんだろうか。
それとも……わたしは自分がしていることへの罪悪感から、雅城に早くいつものように戻って欲しいと願っているんだろうか。