魅惑のくちびる

「アハハ。オレがいたらうまく入れられないみたいだから、先行くね。」


そうしてくれた方が助かります、なんて言えるわけもなく。

すみません、と小さく謝った。


思わぬ炊事仕事に手がびしょびしょになったわたしは、一旦ハンカチをとってこようと、マグをそのままで給湯室を飛び出した。


「痛っ!?」


前を見ているつもりが……出口で、別の課の女の子とぶつかってしまった。


「すみません……大丈夫ですか!?」


――あぁ、わたし今日はもうダメだ……。




昼下がりのカフェは、人が多い。

わたしたちのようにランチで使う人の他、単純にお茶だけする人も混ざっていて、ゆっくりくつろぐという雰囲気ではない。

それでも例によって、会社の近くというのはやはり便利がいいから週に2回は利用している。


「これだけ来ると、全部のメニューに評価をつけられるよな」

「確かに……でもわたし、だいたい同じものを注文してしまうんです」

「ハハッ、璃音ちゃんらしいや。冒険心あまりない方でしょ?」

……褒められているのか、けなされているのか、わからない。

< 93 / 240 >

この作品をシェア

pagetop