巫女と王子と精霊の本
ハミュルの花
あれから一週間ほどが経った。
疫病もすっかり収まり、町にも活気が戻っている。
ただひとつ、不安な事がある。
エルシスを失うと思ったあのとき、私は自分の気持ちに気づいてしまった。
「叶うはずない恋なんて…」
しないほうがいい。
ううん、今ならなかった事にできる。
忘れてしまえる…
「巫女様、どうかなさいましたか?」
セレナは心配そうに私の顔をのぞき込んだ。
「セレナ…ううん、なんでもない!ちょっとお腹が減っただけ!」
そう笑ってごまかした。
本当はお腹も胸もいっぱいいっぱいだ。
「……………。でしたら、今日は遠出をしましょう。ハミュルが咲き時なのです」
「ハミュル?」
「はい、花の事です。アルサティアは年中暖かいので、たいていの花は年中咲いています。ですが、ハミュルは一年に一度しか咲かないのです」
一年に一度しか咲かないハミュル。私がこの花を二度見ることはないんだろうな…
なんだかまた胸が苦しくなった。
「巫女様、綺麗なものは心を温かくしてくれます。さ、支度を」
セレナは私の背中を押す。
それでやっとわかった。
セレナは私を励まそうとしてくれている。
「ありがとう、セレナ」
さっきまで苦しかった胸が、少し温かくなった気がした。