-Lost Japan-失われし愛国
「もう少しで…、俺は。」


窓の隙間から差し込む暁色の光は、昔の記憶をまるで昨日の様に思い出させた。
引き金を引かなければ、明日の飯にさえありつけない極限的な状況で、もう銃口を人に向けて撃つ事は日常の一つになっていたのかも知れない。
自分の手には、この手で殺めた何十人とその家族の怨みや苦しみが、目に見える程に付着している。
そう考えると吐き気が込み上げて来た。

罪から逃げたいなんて、何度思った事だろうか。

神に何度祈っただろうか。

しかし、この自らが犯した罪に許しはないと知ったのは、スーミンの両親に向けて引き金を引いた時だった。
人が流す涙に価値観すら見い出せず、気にも止めなかったが、スーミンの涙を見た時は違っていた。
自身の心を守る為に構えていた盾が、銃弾で撃ち抜かれた様に崩れ落ちた。
然し、その銃口は誰が向けた訳でもなく、引き金を引いたのは誰でもなく、自分自身だった。


「ヨウレイや…、ちょっと良いかい?」


「ツェンさん。どうかしましたか?」


不意に自分の心の中に引き籠もっていたヨウレイを呼び戻した声は、嗄(しわが)れて小さいながらもハッキリとヨウレイへと届き、ツェンの元にと歩み寄った。
< 81 / 90 >

この作品をシェア

pagetop