Un chat du bonheur
act.3
レアが目を覚ますと、コーヒーのいい香りが部屋に漂っていた。
隣にいる筈のフェリクスの姿はなく、視線をさ迷わせるとキッチンにその後姿が見える。
「なにしてるの?」
声をかけると、フェリクスはくるりと振り返り、微笑んだ。
「ご飯作ってた」
レアは「彼」と同じ職場を辞めてしまった。
変わりに、小さな喫茶店でアルバイトを始めた。
生活は相変わらず質素だったが、それでもあの日よりも毎日が楽しかった。
たまにこうして、フェリクスが朝食を作るようになった。
レアは、その焦がしすぎなベーコンや卵を、おいしいよと言って食べる。
相変わらず、彼の淹れるコーヒーは薄い。
それでも、レアにとってコーヒーはこれだった。
「ねぇ、レア。レアは、何も聞かないんだね」
唐突に、レアに向けられた質問。
一瞬、何のことなのかわからず、レアは目を瞬かせた。
「なんのこと?」
「俺のこと」
フェリクスが、真っ直ぐな瞳で見つめ返してくる。
レアは困った様に微笑むと、手に持っていたコーヒーカップをテーブルに置いた。
「…フェリクスが、話さないから」
「そっか」
本当は、それだけじゃなかった。
最初は気になってはいた。
ただ、彼と暫く一緒にいて、過去は気にならなくなってしまったのだ。
彼が話したくないと思うのであれば、それでもいいと思っていた。
「いつか、俺が話を聞いて欲しいっていったら…レアは聞いてくれる?」
「うん、いいよ」
レアは微笑むと、もう一度コーヒーに口をつけた。
その答えに、フェリクスも嬉しそうに微笑んだ。