Un chat du bonheur
Luc
act.1
始まりはいつも、雨。
『Luc』
予報通りに、重たい色をした空から雨が降り出したのは昼過ぎの事。
慌しく通りを行く人々を見つめつつ、フェリクスは目を細めた。
雨の匂いが濃く、重く。
あの日も、こんな灰色の空をしていたものだと、ふと思いを馳せる。
そんな重苦しい空に、泣きそうな顔をして現れたのがレアだった。
お互いの名も知らぬまま、行き場を亡くしたフェリクスを引き入れてくれたのは彼女だった。
彼は、レアの心が寂しさを埋める為にそうしたのだとしても。
この世界から消えてなくなりたいと望んだあの日に出会えた事に、感謝していた。
「フェリクス、ただいま」
季節は一巡して、また夏がやってきていた。
レアは真っ白なワンピースの裾を翻しながら、笑顔でリビングにやってきた。
「おかえり、レア。今日は早かったね」
「雨、降ってきたから。店長が、早めに帰りなさいって」
「店長も心配なんだよ、レアのこと。常連さんにも人気なんでしょ」
フェリクスがにやりと笑いながら言った。
レアは少しだけむくれた様に頬を膨らませると、手にしていた鍋を頭上に掲げた。
「そんな意地悪な顔する子には、店長特製のミネストローネはあげません」
「えー」
フェリクスは心外そうな顔で言うと、ごめんね、と言ってまた笑った。
変わりのない日常。
あの日から、二人は幸せで穏やかな日々を過ごしていた。
「そういえば、レア…俺の名前呼んでくれないよね」
ミネストローネを粗方食べきってしまったフェリクスが、レアの顔を覗き込んだ。
じっと見つめられたレアは、少し顔を赤らめるとスプーンを弄びながら俯いた。
「う、ん…そうだね。なんか…フェリクスって呼びなれちゃって」
「ふーん…まぁ、俺はどっちでもいいけど。俺にとっては、“フェリクス”はレアがくれた名前だし」
「やっぱり、猫の名前なんて変だよね…あの時は、あなたが捨て猫だなんて言うから…思わずこの名前つけちゃったけど…」
「俺は、気に入ってるんだけどなぁ」
フェリクスの言葉にレアは嬉しそうに微笑むと、立ち上がって食器を片付け出した。
フェリクスも隣に立ちながら、レアの手伝いをしつつ時計を見た。