Un chat du bonheur
「今日は来てくれてありがとう。どうしても君に会いたくて」

クレールは優しい。
久しぶりに会うというのに、会話を途切れさせないように配慮してくれているのがわかる。

レアは少しだけ罪悪感を覚えつつ、微笑んだ。

「急にこんなこと言われても迷惑だとは思うんだけど…レア、僕と付き合ってくれないかな」

唐突に紡がれる言葉に、レアは彼を見つめる。
だが、驚いたのは一瞬で、これが普通だな、と思う。
ディナーと言われた時点で、なんとなくわかってはいた。
何故自分なのか、ということは置いておいたとしても、なんとなくそうなのではないかと。

「私…あの」

「一緒に住んでいる人がいることは聞いたよ。でも、恋人じゃないんだろう?それなら、僕がその間に入る事も出来るよね?」

正直困惑していた。
クレールがいい人だというのはよくわかった。
だが、だからといってリュックとの間に入れるのかと言われれば違う気がした。

レアは、このときはっきりと気持ちを自覚しつつあった。


「ごめんなさい、クレール…私…。あなたとは、付き合えない…」


やっとの思いでそう言うと、立ち上がった。
まだ運ばれてきたばかりの料理からは、美味しそうな湯気が立ち上ったままだ。

「レア!」

「ごめんなさい!」

レアはもう一度言うと、駆け出した。
店内にいた客の何人かが迷惑そうに振り返ってきたが、気にする余裕はレアにはなかった。


入り口で預けたコートを受け取るのも忘れて、レアはそのままアパートへの道を駆けた。
肌を刺す風が痛い。

痛くて痛くて、心がえぐれてしまいそうで。

レアの頬を知らず涙が伝っていた。



こんな気持ちは、知らなかった。
否、忘れていた。



どうしても今、彼に会いたかった。
暖かな腕で抱きしめて欲しかった。

自分はなんてバカだったんだろう、と思った。

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