短志緒
俺が4つめの店を出した頃、彼女の親父が言った。
「酒でも飲まんか」
涙が出るほど嬉しかった。
この時、俺はやっとスタートラインに立てたのだ。
連れてこられたのは小さなスナックだった。
俺が2つめに出した店と同じくらいの規模の、そんなに美人ではないがやたらと歌が上手いママのいるスナックだった。
「君はなぜ奈々子にこだわるんだ」
酔ってもほとんど変わらない生真面目親父は重い口調でそう聞いてきた。
俺は迷いなくこう答えた。
「愛してるからです」
自分でも驚いた。
そんな恥ずかしい言葉、彼女本人にも言ったことがなかったのに。
「奈々子のどこが好きなんだ」
親父はそうも聞いてきた。
「どこと言われても、わかりません」
「わからない?」
「ここが、とかじゃないんです。なんていうか、彼女の存在自体がありがたくて、嬉しいんです」