想你
 「他のお客さんとも一緒に帰ることってあるの?」
 梅梅は驚いた顔をして笑いながら答えた。
 「あるわけないじゃん。
  何年も知ってる常連さんでも私の家知ってる人誰もいないよ。
  それにみんなおじさんだし。
  あなたみたいな若い人は誰もいないよ」
 頭が混乱した。
 「じゃあなんでおれを連れていくの?」
 「あなたはまじめで優しい人だって知ってるから。
  私この仕事長いから。
  そういうのって話をすると、どういう人かすぐに分かるの。
  だからあなたは心配ないでしょ?」
 そういうと、優しく咳きこみながら微笑んだ。
 それで充分だった。
 幸せとはこういうささいなことで感じることができるのだと改めて思いださせてくれた。
 梅梅と一緒にいれれば、それだけで幸せを感じることができた。
 大連の港が見える住宅街に梅梅の家はあった。
 そこには、母親と父親、お姉さんの四人で暮らしていた。
 弟は大学の寮に居て大連にはいなかった。
 家に着いた時、梅梅はもう酔っていなかった。
 そして自分のこれまでの話をしてくれた。
 内モンゴルでどのような生活をしていたか。
 子供の頃から親の為に働いていて、小学校、中学校には行けなかったこと。
 毎日休み無く、木を切り、農業をして、馬や羊を育てたこと。
 馬や羊が山で草を食べているのを横目に青空を眺めながら、
 「いつかこの生活から抜け出したい」と幼心に誓ったという。
 新しい服は1年に1回、春節(中国の旧正月)だけ買ってもらえたという。
 今の家族の希望は医学部に通う弟であること。
 いい病院に勤める為に賄賂が必要なこと。
 親の為に全てを捧げ、この家も親の為に買ってあげたこと。
 「私学校に行ってないから、クラブで働くしかないんだよ……
  地方からでてきた人の仕事は給料安いからね……
  だから私が頑張るしかないんだ。」
 そんな梅梅は、家族が今食べることに困らないこと、家があること、
 好きな服が着れることが幸せだと言った。
 自分が今まで歩んできた道のりがいかに平坦で、
 恵まれた生活をしていたか恥ずかしくなった。
 そして、その細く小さく体で自分の事は考えず、
 家族の事を常に1番に考える彼女の心にますますひかれた……。
 彼女のことをなんとしてでも、守りたい、幸せにしたいと強く思った。
 中国人には少なからず日本人に対して嫌悪を示す人がいる。
 それは日本人が過去に犯してしまった過ちであるからしかたがない。
 歴史を変えることはできない。
 
 中国の旧正月に梅梅の自宅に招待された。
 旧正月は家族みんなで水餃子を食べることが習慣だった。
 初めて梅梅の家族に会った時は緊張した……。
 幸い梅梅の家族は日本人に対する先入観は無く、
 優しく迎え入れてくれた。
 
 家族みんなで餃子を作って、お父さんとたばこを交換したり、
 中国の特番をみんなで見て笑って。
 こんな生活に憧れていた。本当に幸せだった。
 ある日の夜中メールが届いた。
 梅梅の仕事が終わるのは毎日夜中だが、それでも時間が遅すぎた。
 
 「ひとつだけわがままいいですか……」
 メールにはそれしか書かれていなかった。
 いつもと様子が違うことはその短い文章でも十分伝わってきた。 
 「どうしたの?」
 と急いでメールを返すと、
 
 「あなたと2人で海に行って写真を撮りたい」
 と返事が着た。
 写真を撮ることを言い出すのに、何故ためらっていたのかはその時分からなかった。
 翌日詳しい話を電話で聞くと、プロのカメラマンに写真を撮ってもらいたいから、
 お金がかかるのだと言った。
 その値段が日本円で2万円ぐらいする為、言い出せずにいたと知った。
 中国では日本と違い記念にプロのカメラマンに写真を撮ってもらうことが一般的だった。
 休日には名所のいたるところで記念撮影が行われている。
 予約当日、彼女はウエディングドレスに身を包んで登場した。
 私にはタキシードが用意されていた。
 
 「こりゃ結婚式みたいだね」
 と笑いながら言うと。
 「ごめんね……。こうやって記念写真を好きな人を撮るのが夢だったの……」
 と申し訳なさそうに謝る梅梅を思わず抱きしめた。
 全てが幸せ過ぎて怖かった。
 長い冬を越えて、春になった。
 その時2人は互いに惹かれあっていた。
 梅梅はいつも私の体や食事を気遣ってくれた。
 そんな優しさは、日々梅梅への想いを強くさせた。
 しかし、私は5月に日本に帰らないといけなかった。
 
 大連で桜が咲くころそれは、私が日本に帰ることを意味していた。
 日本に帰る前、思いで作りに、2人で旅順の桜を見に行った。
 そこには、桜色の絨毯が一面に広がっていた。
 去年一人で見た桜とは何もかもが違っていた。
 同じ桜色の雪も、幸せな香りがした。
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