想你
5月に私が日本に帰らないといけないことは彼女も知っていた。
しかし、その話はお互い口に出さなかった……。
別れがどれ程の悲しさを連れてくるか、お互いに分かっていた。
桜の木の下で梅梅が作ってくれたお弁当を食べた。
こんな些細なことが本当に幸せだった。
2人で同じものを見て感動し、同じものを食べて笑う。
昔大好きなロックバンドが歌っていた通り、
「時間が止まればいい」と思った。
今まで神様という存在を信じたことは一度も無かった。
でも、もし神様というものが存在し、
私の命と引き換えに梅梅が一生幸せになれるという取引ができるのであれば、
私は何の迷いもなく取引する。
そして私は言った。
「梅梅、結婚しよう」
2人は国籍も違えば、文化も違う。
日本人の2人がそうなるよりも、多くの壁を乗り越えなければいけない。
でも、一緒にいたかった。
こんなに好きな人にはもう巡り会えない。
それは30年生きてきて分かっていた。
そう言われた彼女はしばらく黙っていた。
そして涙を流した……。
「ごめんなさい。できないの……」
帰り道、2人とも会話は無かった。
そして結婚できない理由も教えてはもらえなかった。
それから2人はまた忙しい日々の生活に戻り、会えずにいた……。
日本に帰る当日、彼女は空港まで見送りにきてくれた。
そして涙を流した。
空港は多くの観光客で賑わっていた。
通りすがりの人がこちらを物珍しそうに見る。
2人は2人だけの閉じ込められた世界に入り込んでいた。
梅梅は人眼を憚らず涙を流した。
私は精一杯の力を振り絞り、
「泣くのは本当にお別れの時だけだよ。
2人は少しの間離れるだけだから、泣いたらだめだよ。
それは本当に会えなくなるまでとっておかないと。
また必ず戻ってきて会えるから」
そういうと梅梅は、何度もうなずきながらも、涙は止まらなかった。
飛行機の時間が迫っている為、出国ゲートに行かなければいけなかった。
梅梅はまだ泣いていた。
泣きながら手を振る梅梅を見て、何度も足が止まり、引き返そうと考えた。
でもできなかった……。
中国で仕事をして、また梅梅と一緒になる為には、今を犠牲にすることはできなかった。
日本に帰り、1カ月が経った。
梅梅ともう一度生活を共にしたい一心で、時間が過ぎるのは早かった。
お互いメールや電話で連絡は取り合っていた。
上司への働きかけも上手く運び、なんとか中国での仕事も無事に決まった。
2カ月後、もう一度大連で仕事ができる。それが自分の全てを支えていた。
大連でまた生活ができることを梅梅に伝えた時、彼女は驚き、咳きこむだけで、
喜びを感じることができなかった。
ただ「ありがとう……」と細くいうだけだった。
3日後、突然知らない番号から電話がかかってきた。
番号をよくみると中国からの電話だった。
何かあったと思い、急いで電話にでる。
それは梅梅のお姉さんからの電話だった。
「彼氏の方ですか? 私梅梅の姉です。
ずっと梅梅から言わないように言われていたのですが……。
梅梅は実は重い病気でした。
そして今日彼女は天国に行ってしまいました……。
あなたには本当のことを伝えられなくごめんなさい、
と梅梅は何度も謝っていました……」
唐突すぎるその話にその後、どのような行動をとったのか、
そのまま何もしていなかったのか覚えていない。
大連空港について、中国の携帯電話に電源を入れる。
1通のショートメールが届いていた。
日付は昨日だった……。
梅梅からだった……。
そこには一言
「xinag ni(あなたに会いたい)」
と書かれていた。
体中から涙がこぼれた……。
空港での別れ際、なぜ彼女が泣いていたのか、初めて分かった。
梅梅はその時、これが最後なのを知っていた。
これが本当のお別れになることを……。
梅梅に家に行くと、お姉さんから手紙を渡された。
私が日本に帰ってすぐに彼女は入院していた。
手紙は何度も、何度も消しては書いた後が見え、
どうしても最後は日本語で伝えたい、
とお姉さんに梅梅が言っていたことを教えてくれた。