お客様
店の中
一年前の私は太っていた。
太りすぎ、肥えまくっていた。

親友が見かねてダイエットを進めても、あれやこれやと、自分でもあきれる言い訳をした。
「私、腎臓が悪いの、それで飲まなきゃならないクスリが太るのよ、どうしょうもないの」
「あ~もう、ダイエットを言われるとストレスでどうにかなっちゃう」
「この体重でないとバランスが取れて歩けないの」とか

友達はあきれて、あまりにも酷い言い訳に私から離れていった。

仕方ないと思っている、
いい年をした女があるはずない病気の所為や、お笑いの言い訳をするなんて、
本気で心配した友達に嫌がられても仕方がない。


*

その店は、ここ数年入っていなかったが高校生の時はよく来ていた店だった。
ちょっと高級な、両親に連れて行かれた服飾店。
両親の仕事関係でパーティに出ることが多かったので、ここでドレスを買っていたのだ。

しかし、私はパーティが好きではなかった、常連の人に、わざとカクテルをこぼされるなどして意地悪され、それでいて、両親の仕事柄、謝るのはこちら、
 階級の違いの意地悪なのか、私の性格が悪いのか解らなかったけど、できるだけ参加しないようにしていて、太って、
「みっともない」
と両親に言われるようになり、連れて行かれなくなり、万々歳だった。

*

だけど店頭に並ぶ綺麗なおべべを見て、
あのころは・・・モミ手をして、
「よくお似合いです」
「なんて素敵なお嬢様でしょう」
「とても上品に着こなしていただいて、ありがとうございます」
と、言われたことが、思い出され、あの時のうっとりとした気分に、また浸りたくて、
店のドアをくぐったのだ。

*

「お客様に合うサイズはこの店にはございません、特別なサイズになりお取り寄せになります」

「えー、キングサイズって嫌よ、コレ、何とかボタンしまるし、いけるわよね」
「肩を上げるだけでボタンがはじけ飛びます、それにスーツのはずなのにボディコン状態になっております」

すっきりとしたスタイルの店員、
すまし顔でずけずけ言う、私も嫌味に慣れているわ、と笑顔で、我侭を言うけど、

「キングサイズがお嫌ならオーダーメイドを作ってくれる店が三軒隣にあります、そちらへどうぞ」
と、言われた時には、

この慇懃無礼さと、初めて、太っていることへの侮辱に悔しさがこみ上げた。

店を出るときに、目に付いた服、
黒のボディコン風のドレスに、目を惹かれて、
「コレ、取りおきしておいて、私絶対痩せて着れるようになります」


「承知しました、お客様またのお越しをお待ちしております」

*

あれから一年、がんばった。
がんばったよ私。


*

すごく嬉しい・・・ぴったり入った服。

「お客様・・・」

私の後ろに立つ店員。すっきりとしたスタイルは相変わらず、黒一色の服。


「このドレスは半年前に、お客様のご両親に買い取っていただいていますが、
何度もこのお店に、お客様の名前で、
間違いなく、あの時の声で・・・そのドレスをちゃんと置いてあるかと、確認の電話がかかり、
家に届けてあることを伝えても、三日おきに電話がかかるので、こちらに、ドレスを預かることにしました。

先月の問い合わせの電話には、
「置いていますので、いつでもお越しください」と、伝えたところ、
お客様は、前に来られてからちょうど一年後の今日に、取りに行くからと、お答えになりました。


*


お客様・・・ええ、よくお似合いですよ、
いい笑顔です、

とても嬉しいのですね・・・そのまま外に・・・お帰りになりますか、
お気をつけてお帰りなさい。

半年前に、ジムの帰りに、交通事故でこの世の人でなくなったのですから。

よほど、このドレスに未練がおありになったのか、本当にお痩せになってこられて、
感服いたしております。



とても綺麗におなりになりました。

ええ、とても。


ではお客様・・・・」



*


店を出て後ろを振りむけば、あの冷静なスタッフが慌てて自分の口元を押さえていた。

ふふ、「お客様・・・・またのお越しをお待ちしております」
って言っちゃいそうだったんだろうな。


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