Only You
「お疲れさま、遠藤さん」

 後ろから聞こえる涼やかなその声は、まさしく光の君……。

「あ、お疲れ様です。戻りが遅くて大変ですね」

 焦りを見せないように、普通にそう切り返してみるけど持ってるコップが少し震えるのはごまかせない。

 営業の人は出先のお客様の都合でいろいろ振り回されることが多い。
 文房具を売るここのお仕事は、みんな小さな消しゴムや鉛筆を根気強く売らなければならないから苦労を愚痴る人も多い。

 そんな中でも、笹嶋さんは文句も言わずに毎晩遅くまで営業活動をしていて、売り上げも常にトップクラス。
 別に彼の見た目だけで売ってるわけではなくて、真心っていうか、そういう心の部分で相手に訴える力を持っているみたいだ。
 そうでなかったらこれだけの成績を維持するのは難しいと思う。

 私は彼の微々たるサポート役として、毎日事務処理に追われる毎日だ。
 もちろん他の社員の分もやるけれど、心は全て笹嶋さんの為・・・と思ってやっている。
 私が彼を好きな理由は外見ではない。
 もし笹嶋さんが麗しい容姿をしてなくても、多分好きになったと思う。

  彼は私を他の女性社員と全く変わらない態度で接してくれる。
他の男性社員はちょっと私を敬遠しているような様子が見えて、逆に私も萎縮してしまう。
 なのに笹嶋さんは、時々個別に話しかけてくれたりして、他の男性社員ではあり得ない事を普通にしてくれるのだ。
 株を上げようとかそういういやらしい魂胆も見えないし、彼そのものがとても純粋に出来ているんだろうなっていう印象だ。

 容姿に自信の無い私としては、笹嶋さんに話しかけられただけでつい顔をそむけてしまって、彼には嫌な奴だなと思われかねない態度をとってしまう。
 自分がもっと美人だったら、遠慮なく彼の綺麗な眼差しを受け止めて、自分の好意をそれとなく伝えることも可能なのに。


 3年この会社に勤めている私は、すでにお局になりつつあって、気が付くと同じ事務仕事をしているのは全員年下だ。
 何故かこの会社は結婚退職する人が多く、だいたい1年目で相手を見つけて、2年目で寿退社。

 そんなシステムが出来上がっているのだ。
 だから3年経ってもお相手も見つからない私はやっぱりお局なんだろう。

 泣いても始まらないけど、時々一人のアパートに帰る途中の道すがら涙が出る事もある。
 整形手術ってどれぐらいお金がかかるんだろう。
 綺麗になったら、笹嶋さんみたいな超素敵な人とも並んで歩いていいんだろうか。

 そんな事を延々と考えながらの帰宅。

 今日は彼から「お疲れ様」って声をかけられただけでもかなり気分がいい。
 さらに花に水をあげているのも見ていたみたいで、「そんな世話係長にやらせなよ」とか言われたけど、「目に付いたんで、ついでです」ってちょっと照れてしまった。
 まあ、私が花に水をあげていたところで可愛らしいとは見えないかもしれないけど……。

 今笹嶋さんを狙って動いているのが一番若い瀬戸香澄ちゃんだ。
 もちろんハタチ……と若くて、さらに可愛い。
 自分でも、容姿には自信があるみたいで、1年以内に彼を落とすという気構え十分だ。
 私は笹嶋さんの姿さえ見てればいいから、別に誰かと付き合っても結婚してもあまり変化は無い。
 それより、もし独りで生きていくとしたらどういう道で生きるべきかを真剣に考えるこの頃だ。
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