Only You
「社内でも営業っていう仕事はお互いがライバルだから。あれが普通だよ」

 綾人はそっけなくそう言ってネクタイを外す。
 でも、ここ最近の彼はやっぱり多少余裕が無いように見える。
 天海さんの戦術についていくのも結構大変なんだろうし……本当に私はのんきに家でご飯なんか作ってるだけでいいんだろうか。

 私が不安そうな顔をしてるのを見て、綾人は忘れてたみたいに笑顔を見せた。

「ごめん、ちょっと今必死なんだ。琴美に負担かける気はないよ……」

 そう言った彼はいつも通りだったから、私はホッとした。

「あのね。疲れてると思ったから、ケーキ焼いてみたの……食べて」
 私は短時間で出来るパウンドケーキを焼いてあって、甘いものが好きな綾人に大きめにカットしたぶんを出した。
 ホイップした生クリームをお皿の脇にのせて、ちょっと喫茶店風。
「ありがとう。脳が疲れてるから、琴美の手作りケーキなんて最高に嬉しい」
 そう言って、綾人は美味しそうにケーキを食べてくれた。
 漫画のエルの甘いもの好きはちょっと度を越してたけど、綾人は普通に疲れをとりたい時にチョコレートとかを頬張ってるみたいだ。
 もうバレンタインは過ぎてしまったから、来年のその日には驚くほどのチョコをプレゼントしたいな……なんて思っている。


 その二日後、私は何故か香澄ちゃんに呼び出された。

 屋上っていうのがあったのかと、私はその時に初めて知った。
 最上階は誰も上がれないものと思っていたのに、ビルの一番上はスポーンと抜けた青空が広がっている。
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