Only You
 それにしても……仕事のパートナーとはいえ、長坂さんが全く私に私的な事では誘いをかけてきたりしないのが不思議だった。
 毎日隣に座って仕事を二人きりでやっていると、嫌でも心の距離も縮まるのが分かってしまう。
 何気なく言ったひと言とか、さり気ない優しい動作とか、ふと見せる哀愁のある顔とか……。
 こんなに近い存在が綾人にとって今天海さんなんだと思うと、多少不安が広がる。

 毎週帰るねって言ってたけど、お互いに仕事が忙しくなって、2週間会えない状態になる事がざらになっていた。
 携帯にメールはするんだけど、以前みたいにエルに向けた赤裸々な言葉が逆に書きにくくなった。
 弱音を見せたら綾人が東京で安心して暮らせないだろうし、私の中でも成長した部分を彼に知って欲しかった。
 
 これが本当はただの強がりだっていう事に、私はまだ気付いてなかった。


 パソコンを開いて、過去のエルのメールを毎晩眺める。
 そして、改めて送信するつもりのないメールを打つ私。
 仕事がきついとか、お客さんからのクレーム対応がうまくいかないとか、時々は長坂さんが優しくしてくれて助かるとか……綾人には絶対打ち明けられない言葉を書く。

 これはほとんど日記だ。

 送るつもりがないのに、何でメールを打ってしまうのか自分でも分からない。
 私の中でエルと綾人は別の人間になる事があるから、そういう感じなのかもしれない。
 綾人には秘密だけど、エルには心を知ってもらいたい……みたいな。
< 62 / 103 >

この作品をシェア

pagetop