ヤコとYシャツとマサくん


「じゃ、行ってくるよ」


「うん」


結局、マサ君が帰ってきたのは日付が変わってから。


「行ってくるよ」


「行ってらっしゃい」


「行ってくるよ」


「気をつけて」


「ヤコさん、行ってくるよ」


「…」


私は仕方なくマサくんにチュッとした。


気づかないふりという、細やかな抵抗を試みたが、スーツ姿に萌え~。


軽く交わしたはずの口付けが、導火線に火を…。


「じゃ」


あ、つかないのね。


「行ってらっしゃい‼」


大声で見送り、


さぁ、仕事仕事。


私は原稿用紙に向かう。


私とマサ君は大学時代に知り合った。


アニメサークルだ。


私の書くシナリオに、マサ君が描いたイラスト。


その中でもリディアシリーズは人気であり、結婚した今も続いている。


結婚したからといって、特に変わったことはない。


ずっと同棲していたし、毎日一緒にいたし。


変わったことといえば、マサ君の口癖が、


「疲れた」ということと…。


「っ‼」


私は力を込める。


でもやっと最近、力だけじゃダメだということに気づいた。


絶妙な力加減が、皺という難敵を退治するのだ。


「おー、なかなか」


目の前に掲げてみせる。


マサ君のYシャツ。


毎日、アイロンをかけてピシッとするのだ。


それが出来る女房というもの。


私はマサ君の奥さんだもの。


世界で一番大切な奥さんだもの。







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