Let's study!!
12歳

Memory

「ふたりの姿が見えなくなっちゃったよ。はしゃいでるな、菜津希もみーこちゃんも」

呆れた声で、由澄季がそう言うのに、瑞樹は声も出ない。

暗闇に目を凝らして、少しでも恐怖心を和らげようとするのに、見つめれば見つめるほど、闇の中に何かがいるような気がしてくる。

かっこ悪い。心の中で、自分を叱責するのに、足がすくんでうまく動かない。

来るんじゃなかった。瑞樹は、とうとうそう思いはじめた。

美樹子が、珍しい連休に浮足立って、瑞樹とともに、早坂家の姉妹を遊園地に連れ出したのが、そもそもの始まりだ。慣れないことしやがって、と毒づきたいのはやまやまだけれど、瑞樹はひとりで自分を育てている母親に、そんなことをする度胸はない。


偽物のお化けなんて怖いはずない、と思い込んでいたのも、間違いだった。

だいたい、お化け屋敷なるものに、入ってみたのが生まれてはじめてなのだ。仕事にかまけてそういう場所に一切瑞樹を連れていかなかった美樹子のおかげで。


予想以上に怖い。やばい。


「瑞樹」
どうしていいかわからずに、パニック一歩手前だった瑞樹は、右手を温かく柔らかいものが包んだのを感じると、自分でも驚くほど気持ちが落ち着いた。

「私、暗いところは、不思議とよく見えるんだ。こっちだよ」

超がつくほどのど近眼のはずの由澄季が落ち着いた様子で足を進めるから、瑞樹は幼いころを思い出した。

学校や公園、草むらで、生き物を探す由澄季に、いつでもついて回ったことを。

同級生からはクール、面白みがない、と評される、表情の乏しい由澄季だけれど、ついて回る自分に対して、心底冷たい視線を向けたことはなかった、と瑞樹は思う。

「うん」

由澄季の手を握り返して、そう答えると、ようやく平常心らしきものがちょっぴり戻ってきた気がする。

由澄季って、こんなに手が小さかっただろうか。

同じ学年のはずなのに、いつもいくつか年が上のような気がしていたから、自分より少し小さくなっている、久しぶりの手のひらに違和感がある。
そんなふうに、由澄季の手のことばかり考えていたせいだろう。

瑞樹は、天井から幽霊の人形がぶら下がったとき、思わず悲鳴を上げた。慎重に周りを見ていれば、気がついたであろう、単純なその仕掛けにも、気がつかなかったのだ。

「瑞樹?」

どぎまぎする心臓をなだめていて、ふと、ある感触に気がつくと、逆に心臓がどかんどかんと暴れはじめて、瑞樹はとうとう茫然としてしまった。

「びっくりしたね」

瑞樹は、自分の背中を撫でてくれるその手が、思いのほか小さかったことなんか、もうどうでもよくなった。


いつの間にか抱きついてしまっていたらしいその体勢。合わさった胸と胸の間に、何か柔らかいものがある。

由澄季に、胸が、ある…。

一緒になって泥だらけで、虫を掘り起こしていた子だから、男同士に近い気持ちでいた瑞樹は、理屈ではなくそのなまなましい触感で、由澄季を異性だと思い知ったのだった。

そこからは、どうやってお化け屋敷を抜けたのか、全く記憶にない。

ちゃんと菜津希や美樹子と合流したことは間違いないのだろうが、瑞樹の頭には「お化け屋敷は怖い。お化け屋敷は恥ずかしい」という思いだけが残ることになった。

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