Let's study!!
9歳

Memory

「ねえ、由澄季ちゃん」

柔らかい声で、可美村美樹子がそう呼ぶ。

「んー、なあに?」

公園で、コロンの毛を梳いてやっていると、無心になっている由澄季は、とりあえずゆっくりとそう言葉を吐いた。

それと同時に、白く温かな息がこぼれて、ふわりと空中に溶けていくさまを、美樹子は眺めている。

虫や動物が好きで、人間にはあまり興味を示さないこの少女が、美樹子は好きだった。

その行動や、言葉はもちろんのこと、表情にも少しも嘘が混じっていない気がして。

「…瑞樹って、学校でもあんなふう?」

そう問うと、由澄季がわずかに顔をあげて、公園の奥にあるジャングルジムによじ登っている彼を見て、答える。

「うん」

落ち着きなく、一日中走ったり登ったりしている息子のことも、美樹子は愛している。

「そっか」

息子が、由澄季と一緒にいるときの顔を思い浮かべる。
「いつも由澄季ちゃんのうしろについて回ってるのかと思ってた」

美樹子がそう言うと、由澄季は美樹子の方を見上げて、不思議そうに首をかしげた。

「小さいころから、ずっと由澄季ちゃんの後を追っていたでしょう?」

「そうかなぁ」

由澄季ははっきりものを言う方だから、本当に疑問に思っているのだと、美樹子は分かっている。


「気がつかないんだね?」

「ええ?だって、追われてないよ」

「ふふっ。まあいいわ。とにかくね、瑞樹は、ずっと由澄季ちゃんにくっついてるような気がするの」

「ええ?」


綺麗な弓型を描く柔らかそうな眉をひそめて、由澄季が否定の意を表しているけれど、その顔もかわいいと美樹子は思う。

「瑞樹をお願いね」

美樹子は自分でも気がつかないうちに、にっこりと笑っていた。ふたりがいつまでも心の通じ合う関係でいられるといいと考えながら。

「わかった」

納得のいかない表情ではあるものの、由澄季はそう呟くと、再び熱心にコロンの毛を櫛で梳き始める。

がしっ、がしっ、と力強く梳かれる毛は、どう見ても雑種のもので、こうして手入れするような飼い主はあまりいないだろうな、と思いながら美樹子は、由澄季の横顔を盗み見る。

そして、子どもらしくない静かな表情に、生き物に捧げるありあまる愛情を、由澄季は一体どこに隠しているのだろうと思った。


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