Let's study!!
5歳
Memory
由澄季は、初めて瑞樹に会った時のことを、はっきり覚えている。由澄季が5歳になる年のことだ。
「こんにちは、瑞樹ちゃん」
由澄季がそう声をかけても、瑞樹は母親である可美村美樹子のスカートに隠れるようにしがみついていただけだ。
「あはは。瑞樹『ちゃん』、ご挨拶は?由澄季ちゃんと菜津希ちゃんよ」
瑞樹の柔らかい髪の毛は、茶色くて、なめらかな質感だとわかる皮膚にさらさらと零れている。上目遣いのぱっちりした瞳は、不安そうに由澄季と菜津希の顔を行ったり来たりしているけれど、挨拶の言葉はやはりない。
「ごめんね、由澄季ちゃん、菜津希ちゃん。瑞樹ったらあたしに似ないで人見知りが激しいの。義くん、奈央子さん、今後もよろしく!」
人懐っこくにこにこ笑いながら、美樹子は、早坂義也、奈央子夫婦にそう続けた。
「こちらこそ。また戻ってきたから、よろしく」
早坂義也は、妻である奈央子と、娘である由澄季と菜津希を連れて、実家に戻ってきたのだ。
「私も仕事に復帰するんです。ちょうど、子どもたちも同じ年頃ですから、一緒に育てていけるといいですね」
奈央子は、控えめに微笑みながら、かわるがわる子どもたちの顔を見る。
「まあ、いつまでもそんな玄関先で話してないで、こっちへ上がって、みーこちゃん」
奥の部屋から、義也の母、ハルが出てきた。
途端に、美樹子の脇から瑞樹が走り出て、ハルに抱きついたから、由澄季はびっくりした。
「ほほほ。瑞樹、たくさん人が増えててびっくりしたのかい?」
ハルも、慣れた様子で瑞樹の手を引いて、リビングに連れて行く。
「こっちが、由澄季。4月生まれだから、次の年の3月生まれの瑞樹から見るとお姉さんに見えるかもしれないね。あっちは、菜津希。菜津希はそのまた次の年の4月生まれだ。ほー、ちょうど1歳ずつ違うんだね」
大人たちの会話はつまらない。由澄季がまともに聞いていたのは、祖母のその次の言葉までだ。
「ゆずき、みずき、なつき、なんだか3人姉妹みたいな名前だねぇ」
父の実家であるハルの家は、リビングだって畳敷きの和室だ。猫を被って物静かにしている妹を観察するのも飽きて、由澄季は、まだ珍しく思える畳の目を撫でてみた。
ふうん、つるつるしている。これは何だろう。爪を立てて質感を確かめる。髪じゃない、紙でも、紐でもない、由澄季がすっかり熱中していたその時。
「あっ」
祖母の膝の上に抱かれたままだった瑞樹が、小さく声を上げたから、由澄季ははっと我に返った。
「まあ、由澄季。畳が気になるの?」
奈央子が、娘の手元を見て微笑んだ。由澄季が爪で畳の繊維をバラバラに解いたところを見つけても、奈央子は叱らない。
「ほお、好奇心の旺盛な子だねぇ」
ハルまでそう言って感心しているから、由澄季はほっとした。お母さんは私のこういうところに慣れているけれど、これから暮らすことになるおばあちゃんはどうかなって、心配だったんだ。胸の中でそう呟く。
「なんか、ちっさい頃の義くんに似てるねー」
美樹子が目を丸くして顔を覗き込んでくるから、由澄季はちょっとどきりとした。綺麗な人だ、と幼心に思う。
「そうかな?俺はもっと凡人だったよ。由澄季には非凡さを感じる」
大人たちが、子どもの話から、自分たちが子どもだったころの思い出話に花を咲かせて行くのを、由澄季はもう聞いていない。
そっと祖母の膝から下りた瑞樹が、由澄季の触っていた畳を熱心に見詰めているから。
綺麗な子だ、由澄季はそう思った。
「かわいいね、瑞樹『くん』」
いつの間にか、二人の傍に来ていた菜津希が、瑞樹と由澄季の間でそっと囁いた。
瑞樹はびくりと肩を上げて、由澄季は首をかしげた。菜津希は、小悪魔のように微笑んだ。
由澄季は、それからも長い間、瑞樹を女の子だと思っていた。
瑞樹の母、美樹子は、早坂家の向かいの家で育った一人娘だが、両親はすでに他界し、未婚のまま瑞樹を産んでいた。
だから、一人暮らしをしていたハルが、瑞樹の面倒を見ていたのも、お互いのためだと言ってもいいだろう。
そんなところに、美樹子が仕事に復帰することになって義也の一家4人が転がり込み、早坂家は一気に賑やかになった。
親たちが仕事で不在の中、おおらかな性格のハルの下で、子どもたちはまさに3姉妹のように育つことになる。
「こんにちは、瑞樹ちゃん」
由澄季がそう声をかけても、瑞樹は母親である可美村美樹子のスカートに隠れるようにしがみついていただけだ。
「あはは。瑞樹『ちゃん』、ご挨拶は?由澄季ちゃんと菜津希ちゃんよ」
瑞樹の柔らかい髪の毛は、茶色くて、なめらかな質感だとわかる皮膚にさらさらと零れている。上目遣いのぱっちりした瞳は、不安そうに由澄季と菜津希の顔を行ったり来たりしているけれど、挨拶の言葉はやはりない。
「ごめんね、由澄季ちゃん、菜津希ちゃん。瑞樹ったらあたしに似ないで人見知りが激しいの。義くん、奈央子さん、今後もよろしく!」
人懐っこくにこにこ笑いながら、美樹子は、早坂義也、奈央子夫婦にそう続けた。
「こちらこそ。また戻ってきたから、よろしく」
早坂義也は、妻である奈央子と、娘である由澄季と菜津希を連れて、実家に戻ってきたのだ。
「私も仕事に復帰するんです。ちょうど、子どもたちも同じ年頃ですから、一緒に育てていけるといいですね」
奈央子は、控えめに微笑みながら、かわるがわる子どもたちの顔を見る。
「まあ、いつまでもそんな玄関先で話してないで、こっちへ上がって、みーこちゃん」
奥の部屋から、義也の母、ハルが出てきた。
途端に、美樹子の脇から瑞樹が走り出て、ハルに抱きついたから、由澄季はびっくりした。
「ほほほ。瑞樹、たくさん人が増えててびっくりしたのかい?」
ハルも、慣れた様子で瑞樹の手を引いて、リビングに連れて行く。
「こっちが、由澄季。4月生まれだから、次の年の3月生まれの瑞樹から見るとお姉さんに見えるかもしれないね。あっちは、菜津希。菜津希はそのまた次の年の4月生まれだ。ほー、ちょうど1歳ずつ違うんだね」
大人たちの会話はつまらない。由澄季がまともに聞いていたのは、祖母のその次の言葉までだ。
「ゆずき、みずき、なつき、なんだか3人姉妹みたいな名前だねぇ」
父の実家であるハルの家は、リビングだって畳敷きの和室だ。猫を被って物静かにしている妹を観察するのも飽きて、由澄季は、まだ珍しく思える畳の目を撫でてみた。
ふうん、つるつるしている。これは何だろう。爪を立てて質感を確かめる。髪じゃない、紙でも、紐でもない、由澄季がすっかり熱中していたその時。
「あっ」
祖母の膝の上に抱かれたままだった瑞樹が、小さく声を上げたから、由澄季ははっと我に返った。
「まあ、由澄季。畳が気になるの?」
奈央子が、娘の手元を見て微笑んだ。由澄季が爪で畳の繊維をバラバラに解いたところを見つけても、奈央子は叱らない。
「ほお、好奇心の旺盛な子だねぇ」
ハルまでそう言って感心しているから、由澄季はほっとした。お母さんは私のこういうところに慣れているけれど、これから暮らすことになるおばあちゃんはどうかなって、心配だったんだ。胸の中でそう呟く。
「なんか、ちっさい頃の義くんに似てるねー」
美樹子が目を丸くして顔を覗き込んでくるから、由澄季はちょっとどきりとした。綺麗な人だ、と幼心に思う。
「そうかな?俺はもっと凡人だったよ。由澄季には非凡さを感じる」
大人たちが、子どもの話から、自分たちが子どもだったころの思い出話に花を咲かせて行くのを、由澄季はもう聞いていない。
そっと祖母の膝から下りた瑞樹が、由澄季の触っていた畳を熱心に見詰めているから。
綺麗な子だ、由澄季はそう思った。
「かわいいね、瑞樹『くん』」
いつの間にか、二人の傍に来ていた菜津希が、瑞樹と由澄季の間でそっと囁いた。
瑞樹はびくりと肩を上げて、由澄季は首をかしげた。菜津希は、小悪魔のように微笑んだ。
由澄季は、それからも長い間、瑞樹を女の子だと思っていた。
瑞樹の母、美樹子は、早坂家の向かいの家で育った一人娘だが、両親はすでに他界し、未婚のまま瑞樹を産んでいた。
だから、一人暮らしをしていたハルが、瑞樹の面倒を見ていたのも、お互いのためだと言ってもいいだろう。
そんなところに、美樹子が仕事に復帰することになって義也の一家4人が転がり込み、早坂家は一気に賑やかになった。
親たちが仕事で不在の中、おおらかな性格のハルの下で、子どもたちはまさに3姉妹のように育つことになる。